変革を迫られる日本の新卒採用[1/5ページ]
大卒予定者の就職戦線が、再び氷河期を迎えている。連日、社会問題としてニュースでも取り上げられているが、それらは主に学生の立場から見た厳しさが中心だ。では、この問題は企業に関係がないといえるだろうか。「そうではない」というのが、今回お話をうかがった本田由紀教授の考え方だ。学生に非合理な負担やストレスを強いる、現在の日本の採用システムは、企業にも同様にさまざまな課題を投げかけているという。日本の経済、社会に活力をよみがえらせるためには、雇用の入り口である新卒採用が変わる必要もある。多くの要素が絡み合う新卒採用の現状や、課題克服のために何が必要なのかについて、うかがった。(取材日2010/11/20)
ほんだ・ゆき●1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育学博士。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2003年~2005年東京大学大学院情報学環助教授(併任)を経て、2008年から東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コース教授。主な編共著に『学力の社会学――調査が示す学力の変化と学習の課題』(岩波書店)『大学就職の社会学――データから見る変化』(東京大学出版会)など。著書に『若者と仕事――「学校経由」の就職を超えて』(東京大学出版会)『教育の職業的意義――若者、学校、社会をつなぐ』(ちくま新書)など。
1)現在の新卒採用をどう見るか
--本田先生は教育社会学の立場から、現在の新卒採用のあり方にはさまざまな課題があると指摘されています。学生にとっての厳しさという切り口で語られることが多い新卒採用ですが、今回は「企業から見た新卒採用のあり方」という視点でお話をうかがいたいと思います。
「新卒採用の現状」を捉えるためには、「採用活動のプロセスはこれでいいのか」と、「そのプロセスで採用活動が行われた結果、いかなるアウトカムが生じているのか」について考える必要があると思います。
まず「プロセス」ですが、現在の日本の新卒採用は、(1)大学在学中のかなり早い時期から開始され、(2)大学での教育成果を重視しない、曖昧な評価基準によって選考が進められ、(3)採用後の職務内容や勤務条件に関する情報があまり与えられていない、といったことが特徴です。
これは、まさしく「日本型の新卒一括採用」の典型的なパターンといえます。戦前の好況期に原型が生まれ、戦後の高度成長期からバブル経済期にかけて完成されたもので、企業の雇用吸収力が非常に高く、「もっと人材が欲しい」という時代の採用方法です。当時は大学生の数が今ほど多くなく、企業が長期雇用を前提として、採用後に時間をかけて人材を育成する余力があったためにうまく回っていたシステムです。
ところが、現在はその前提が崩れてきています。低成長の時代が続き、企業からは時間をかけて人材を育てる余裕が失われ、優秀な人材しか採りたくないという「厳選採用」が定番化しています。厳選というからには、本来は職務に必要な能力を持った人材を採用するべきですが、問題なのは新卒一括採用のシステムがそれに対応していないことです。
---従来型の新卒採用プロセスを踏襲していることが、企業にはどのような問題として降りかかってくるのでしょうか。
他社に先がけて選考をスタートさせることが、優秀な人材を確保する上では必要だと考えられているわけですが、1997年の就職協定廃止以降は、早期化にほとんど歯止めが効かなくなっているのではないでしょうか。早い企業では、大学3年生の夏前からインターンシップなどを実施して学生に働きかけています。まず、この早期化+長期化による採用コストの問題があります。
また、企業はほぼ2年後の春に入社してくる学生の採用計画を立てる必要に迫られるわけですが、経済環境の変化のスピードが速い現在、それが現実的なことなのかという疑問もあります。実際、早期に内定を出しても後になって辞退されることや、逆に企業側の事情が変わって内定取り消しを余儀なくされるといった問題も起こっています。
しかも、大学生活がやっと半分を少し過ぎた時期に選考を始めるわけですから、学生の何を見て採否を決めるのかが非常に難しい。もともと曖昧だった選考基準が、さらに曖昧なものにならざるをえないのです。その結果、職務内容の情報などを学生に十分に伝えられていないことともあわせて、採用後のミスマッチのリスクが増大しています。
つまり、優秀な人材を採用するために多大なコストをかけて早期から採用活動を行っているにもかかわらず、それに見合う人材が採れない。最悪の場合には、せっかく採用した人材が短期間で離職してしまうといった事態を、招くことになるのです。