新卒採用とは?
(1)新卒採用を行う目的
企業が将来に渡って成長・発展していくためには、新卒者を定期的・安定的に採用し、育成することが必要である。しかし、能力と意欲に優れた新卒者を必要人数だけ採用することは、企業間の競争が激しい現在、容易なことではない。少子化に伴い労働力人口が減少していく中、新卒採用市場が売り手市場であるという基本的な構造に変化はなく、採用の困難さが引き続き大きな課題として残ることは避けらない。このような状況下、企業にとって新卒採用を行うメリットは以下のように集約することができる。
●若年労働力が組織にさまざまな効果・効用をもたらす
新卒者を中心とした若年労働力を確保することによって、組織に対して、以下のようなさまざまな効果・効用が期待できる。
- 年次管理がベースの日本企業にとって、年齢構成上の「ピラミッド構造」が維持できる
- 安い人件費で人材を雇用できる
- 教育効果が高い
- 企業の価値観の共有が容易である(企業独自の文化・DNAが継承される)
- 企業に対する愛着心、忠誠心が浸透する
- 将来の経営幹部としての土台が醸成される
- 社内の活性化につながる
また、中途採用と比較して、新卒採用は以下の点で効率的である。
- 毎年4月に、大量の学生が労働市場に供給される
- 入社時期が一定で、計画的な採用活動ができる
- 採用実績によって、大学などとの採用ルートが確保できる
- 採用後の教育・研修が、計画的・集中的にできる
- 同期意識が生まれ、社内でのネットワークが形成される
- 一般的に、中途採用と比べて定着率がよい(離職率が低い)
●経営が戦略的となる
採用活動期間の短い中途採用と異なり、新卒採用は活動期間が長く、内定から入社までも相当の期間がある。したがって、新卒採用を行うためには、先々をにらんだ計画が必要になる。まずは要員計画が必要だが、そのためには組織人事計画が必要であり、結果、経営自体が計画的に行われることになる。つまり、定期的に新卒採用を行うことによって、経営は戦略的になっていくのだ。
特に中小企業では、新卒を採用したいという強いニーズがきっかけとなって、経営戦略が具体的に言語化されていき、実践に結び付いていくケースが少なくない。「新卒採用は、経営トップが自ら取り組む意義がある」と言われるゆえんである。
●社内外のイメージアップにつながる
一般的な傾向として、新卒採用を定期的に行っている企業に対しては、「一定レベルの会社組織である」「成長している」といったプラスの評価がされる。知名度の低い新興のベンチャー企業や中小企業にとっては、新卒採用という活動自体が、自社の存在をアピールすることにつながるのだ。また、新卒採用を定期的に行うことによって、以下のようなイメージアップも期待できる。
- 社会に対して、計画的・安定的に経営を行っている企業であるとアピールできる
- 学生、大学、父兄、地域に対する社会的な認知度が上がる
- 既存社員が「一定レベルの会社になった」という自覚を持てる
- 知名度を上げ、良い企業イメージを形成できれば、仮に学生が他の企業に就職しても、将来の「顧客予備軍」「中途採用者予備軍」として期待できる
(2)新卒採用の歴史
世界的に見ると、日本のような新卒一括採用システムを持つ国はまれだ。欧米の大企業では人材を採用する際、職種別採用が基本である。その際も欠員があった時に募集するケースが大多数であり、募集した職務をこなす能力・スキルを備えていることが大前提となる。この点が、職務未経験の新卒者を同時期に一括採用する日本との大きな違いと言える。ここで、日本においてどのように新卒一括採用システムが形成されていったのか、その歴史を見ていこう。
●大卒者の新卒採用の原型は戦前に確立
日本に大学が誕生したのは1870年代。大学生の多くが学会や官界を目指す中にあって、企業における新卒採用は1875年、慶応義塾大学の荘田平五郎が三菱に入社したことが起源とされている。その後、三菱は1879年に大卒者の定期採用をスタートさせる。日本全体に新卒一括採用が定着したのは、大学令で大学数が増え、第一次世界大戦後の不況が深刻化した1920年頃である。不況で就職希望者が企業に殺到するようになり、選抜試験の実施が慣行化されたことがその背景にあった。また1928年には、三井、三菱、第一が中心となって「入社試験は卒業後に行う」という取り決めを行ったが、これが後の「就職協定」の始まりである。
就職難が解消したのは、昭和初期の日中戦争がきっかけだ。軍需産業を中心に人材ニーズが急増し、新卒初任給も上昇。軍事下の政府は初任給の一律化を行い、卒業大学によって異なっていた初任給格差が解消されることになった。このように、大卒者の新卒採用の原型は概ね戦前に確立したと言えるだろう。
●高度経済成長期、大卒者の大量採用が行われる
第二次世界大戦後、新卒の定期採用が復活したのは1950年に起きた朝鮮戦争による米軍特需がきっかけである。以後、経済の高度成長の流れに乗って、多くの企業が大卒者の大量採用を実施するようになった。自由応募が拡大するのは、大学紛争が起こった1960年代後半から。大学による就職指導が困難な状況になったからだ。学生は自力で就職先を探さなければならなくなり、会社訪問を盛んに行うようになった。さらにこの時期には就職情報産業が立ち上がるなど、企業の採用活動や学生の就職活動のあり方も大きく変化していった。
1970年代後半、オイルショックの不況により、基幹産業の多くが新卒採用を中止、抑制。内定取り消しや自宅待機などが起こり、大きな社会問題となった。一方、流通、外食などの新興産業は大量に大卒者を採用するようになり、就職先は多様化。1986年には男女雇用機会均等法が施行され、4年制大卒女子に対して採用の門戸が開かれたことで、大卒女子の活躍範囲が拡大した。そして1986年のプラザ合意から、日本経済はバブル景気に突入。大卒者の二人に一人が上場企業に就職するという状況だった。
●採用手法の多様化、大学生の二極化現象が進む
しかし、バブル崩壊後は一転して「就職氷河期」を迎えることになった。多くの企業は採用数を抑制し、厳選採用を実施。エントリーシートが誕生し、面接が重視されるようになるなど、大学生には自己分析が求められた。この頃から「職種別採用」「通年採用」「大学名不問採用」「インターンシップ採用」「留学生・外国人採用」など、採用活動のあり方が多様化。1996年には「就職協定」が廃止され、早期化・長期化が一段と進み、自由化時代へと突入した。
また、1990年代後半以降、紙メディアの「就職情報誌」からインターネットによる「就職サイト」による採用活動(就職活動)へと移ったことにより、全ての大学生に企業の門戸が開放された。出会いの機会が増えると期待されたが、逆に、企業と学生のミスマッチが増えることになった。一部の学生に内定が集中する一方で、新卒無業者、大卒フリーターが急増するなど大学生の二極化現象が起こり、景気が回復して採用数が増加した現在でも、大きな社会的問題となっている。
(3)「就職協定」の変遷
2018年10月、経団連は2021年春入社以降の新卒者を対象とする就職・採用活動のルールを廃止し、政府主導による就活ルールを導入すると発表した。
政府は、2022年春に卒業予定の学生の就職活動について、説明会など広報活動は大学3年の3月から、面接など選考活動は4年の6月から、内定は10月以降とする現行の就活ルールの継続を発表している。そもそも、このような採用活動をめぐる取り決め、いわゆる「就職協定」(倫理憲章)には、過去どのような変遷があったのだろうか。
●守られない歴史が続く中、1997年に廃止
就職協定が制定されたのは、1953年のこと。朝鮮戦争特需による人手不足による人材確保から、企業の採用試験が早まる傾向にあったため、大学・業界団体・関係省庁による就職問題懇談会が、学生の推薦開始を10月1日以降と決めたのが始まりである。
高度経済成長と共に企業の新卒採用数は拡大し、「青田買い」が横行。その度に自粛の声が上がり、就職協定は軌道修正されていった。そうした中、1974年のオイルショックが契機となって企業の採用熱は一気に下がり、採用取り消しや自宅待機が相次ぐなど、大きな社内問題となった。選考時期と入社時期までの間が空くという採用活動の早期化の反省から、労働省が企業と大学に働きかけ、1976年に「会社訪問の開始10月1日、選考開始11月1日」と採用活動における期日が決められた。この取り決めは、1985年まで続くことになる。しかし、労働省は1982年に就職協定から撤退し、産・官・学の協議による体制は30年で幕を閉じることになった。
その後も、早期化に歯止めがかかることはなく、1987年には新就職協定(8月20日会社訪問・選考解禁、11月1日内定解禁)が施行されたが、依然として水面下では採用活動が行われていた。1991年には夏休みを有効にする目的で「会社訪問・選考開始を8月1日」へと前倒しする改定が行われたが、形骸化は続いた。1992年には「紳士協定」のスタイルとなったが、拘束力が弱く、就職協定を守らない企業が続出。そこで1997年、経団連は就職協定の廃止を決定した。
●就職協定から倫理憲章へ
1998年以降は、経団連が定める「新規学卒者の採用選考に関する企業の倫理憲章」に対し、大学が自ら定める「企業への要請」を作成。双方の申し合わせをもって、「倫理憲章」という相互遵守の形で運用されることになった。ただ当時の倫理憲章では、採用内定開始日を10月1日と定めているだけで、広報開始や選考開始の時期については、長らく触れていなかった。
そうした中、大学側の採用選考会時期の是正を受ける形で、2011年に倫理憲章を「広報活動開始12月1日、選考活動開始4月1日」と改定し、2013年から政府の要請を受ける形で「指針」に変更された。2015年卒の新卒採用では広報開始12月1日、採用選考4月1日だったが、選考期間のピークが4~6月になり、学業への支障が生じるという理由から、2016年卒の新卒採用では、広報開始3月1日、採用選考8月1日と、4ヵ月後ろ倒しされることになった。ただ、採用選考開始が4ヵ月後ろ倒しになったことで、学生の就職活動が長期化したことや内定辞退が増加したことから、2017年卒の新卒採用では広報開始3月1日、採用選考が6月1日と2ヵ月前倒しになり、2020年卒の新卒採用まで同スケジュールが定められた。
●経団連主導から政府主導のルールへ
先にも述べた通り、経団連は2021年春入社以降の新卒者を対象とする就職・採用活動のルールを廃止し、政府主導による就活ルールが導入されることになった。
政府ではスケジュールについて、これまでと同様に説明会などの広報活動を大学3年の3月以降、面接などの選考活動を大学4年の6月以降、正式な内定を10月以降にする現行ルールを維持すると表明している。
2020年10月29日時点では、2023年春入社の就職活動においても現行ルールを維持する方針を出しており、2024年春入社の就職活動において、変更する必要性が生じる可能性は高くないとしている。
(4)近年の新卒採用を取り巻く状況
企業を取り巻く環境が大きく変化し、新卒一括採用の前提となる高度成長が難しい状況になっている。そうした中で、近年、新卒採用のシーンではどのような現象が起きているのだろうか。
●当面は、売り手市場が続く
日本経済新聞社が行った2021年春入社の採用計画調査(最終集計)によると、大卒採用数は2020年春の実績見込みに比べて2.6%増えたが、10年ぶりの低水準となった。新型コロナウイルスの感染拡大で経済が悪化し、採用活動にも大きな影響を及ぼした。
しかし、長期的には労働力人口が減っていくため、これまでの採用活動で人手を充足できておらず、体力のある会社を中心に新卒採用は継続されることが予想される。複数の企業から内定を得る学生がいる一方で、なかなか内定を得ることのできない学生も多く、二極化傾向は今後も続きそうだ。また今後、景気が悪化しても、リーマンショック後の就職氷河期のように、採用数を極端に絞ることはないと考えられる。バブル崩壊後に採用を減らした企業は特定の年齢層の人材不足に苦しんだ経験があり、同じ轍は踏まないと思われるからだ。
●グローバル採用が本格化
ここ数年、グローバル採用の動きが顕著になっている。当初、グローバル採用に熱心だったのは証券やメガバンク、流通だったが、最近ではメーカーや保険などもグローバル職(ポスト)を設置し、採用活動を強化している。海外展開が一段と進んできた現在、多くの業界でグローバル採用を本気で取り組むようになってきたのだ。グローバル採用の人材基準も、これまでのような語学力を基準とした専門職採用ではなく、海外で幅広く活躍できる総合職人材を採用するケースが多くなっている。これは、経済産業省による「グローバル人材の要件(社会人基礎力、海外でのコミュニケーション能力、異文化理解・活用力)」を見ても、明らかである。
現在、海外の売上高が5割を超えるグローバル企業が日本でも数多く存在しているが、そうした企業のグローバル人材の要件を見ると、「高い志、尖った能力、やりぬく力」「海外に挑戦する覚悟を持ち、そのことに喜び、楽しめる人」など、本当にグローバルで活躍できる人を求めていることがよく分かる。人事担当者に話を聞いても、「TOEICが800点あっても、採用に当たっては参考程度」というケースが多い。「グローバルという観点で優秀な人材は、海外に出ても語学力とは関係なく成果を上げ、新規事業でも果敢にやり遂げる」という。こうした考えから、即戦力、現地派遣のグローバル職は語学力は重視されるものの、今後は語学力を含めた優秀な総合職を採用することがグローバル採用のあり方になると考えられる。
●採用力により、企業も二極化する時代に
就職活動における学生の二局化が問題になっているが、昨今の企業の採用活動を見ると、業界や規模による格差だけではなく、企業自体が採用強者・採用弱者に分かれており、採用力による格差が広がっていることが分かる。その理由としては「環境格差」(採用対象者との需給関係、業界を取り巻く競争環境など)、「採用マインド格差」(人材を採用する意欲、コミットメントの強さなど)、「採用スキル格差」(採用ノウハウの有無、採用ベンダーの活用など)が挙げられる。「環境格差」は個別企業で解決することは難しいが、「採用マインド格差」「採用スキル格差」は、個別企業の努力によって変わることが可能である。
「採用マインド」の高い企業は人材に対するスタンスが違う。優秀な人材を採用し、育て上げていこうという意気込みがある。経営陣を中心に、採用へのコミットメントが強いのだ。そして、採用活動は全社的な業務であるという認識が組織に行き届いている。採用にかける労力・コストをいとわない。「これは」と思う大学の学生には、全員会うくらいのダイナミックな活動を繰り広げている。そのため、多数のリクルーターを組織しても、ラインから文句が出ない。
一方、「採用スキル」は比較的短期間で向上することができる。あるいは、採用ベンダーなど外部の力を活用するという方法もある。採用活動における各ステップ(採用準備⇒採用戦略立案⇒採用情報・エントリー⇒人的接触・会社説明会⇒面接・選考⇒内定・フォロー)では、工夫すべきポイントがいくつかある。それを確実にこなすことが何より大切であり、「採用スキル」とはまさにそのことを意味している。
同業界で同じようなポジションにある企業でも、採用力で格差が付いているケースが少なくない。「採用マインド」の強弱、「採用スキル」の有無が、その大きな分かれ道となっている。
●新卒一括採用を見直す動きも
新卒一括採用は時代遅れであり、制度疲労を起こしているとも言われる。新卒者を優遇して、既卒者への門戸が制限されていることや、在学中に就職活動を行うことによる学業への影響、さらには景気の浮き沈みにより採用環境が左右され、不況のしわ寄せは学生が背負うというゆがんだ状況が生まれていることなどを指摘する声は多い。
新卒一括採用方式では、学生はいったん選考に漏れると就職の機会が狭まってしまう。企業もこの方式にとらわれ過ぎると、人材を十分に確保できない恐れがある。グローバル競争の激化など厳しい経営環境の下、企業の採用は学生の質を重視する傾向が強まっている。経済が右肩上がりで成長し、毎年、大量採用していた頃には新卒一括採用は効率的な方法だったが、厳選採用がスタンダードの現在、そのメリットは薄れつつある。実際、新卒一括採用に限らず、既卒者の採用や外国人・留学生の採用、通年採用などにも力を入れる企業が増えている。その点からも、新卒一括採用を見直し、企業は戦力となる人材を見極める力が一段と求められている。
そもそも新卒一括採用は、長期雇用や年次管理をベースにした報酬システムを前提として組まれている制度(慣行)である。しかし、多くの企業では終身雇用制度を維持していくのが難しい状況にある。新卒一括採用のシステムの見直しが進む中、新しい新卒採用のあり方や手法の出現が期待されている。