新卒採用に関する法規制
新卒採用では、以前から「内定辞退」「内定取り消し」などの問題が起きている。最近では、「オワハラ」(企業が内定を出した学生に対して、就職活動を終わらせて自社への入社を決断するよう強制したり、嫌がらせをする行為)が大きな話題となった。ここでは、新卒採用に関する法規制の側面から、トラブルに陥らないためのポイントを紹介する。
(1)内定とは
●「内定」を意思表示することで、「雇用契約」が成立する
「内定」とは、「入社することの予定、ないし決定」ということである。まず「採用予定」(内々定)の段階では、「雇用関係」は成立していないのでトラブルになることはあまり多くないが、「採用決定」(内定)の段階となると雇用関係が成立するため、問題が複雑になる。実際に雇用状態になくても、採用するという意思表示が明確にされた場合は、法律的に「始期(雇用が始まる時期)付解約留保権付雇用契約」が結ばれたとみなされるからだ。具体的には、以下のような行為が示されれば採用が決定した、つまり内定したとの判断が下される。
- 雇用する日付が明記された「採用通知」を送ること
- 「入社誓約書」などを提出させること
- 入社を前提とした研修があるなど、採用を決定した意思表示を明確に行うこと
内定によって、企業と学生は「雇用契約」を結んだことになるため、この後、理由もなく一方的に契約を解除することは許されない。企業側の「内定取り消し」はもちろん、学生側の「内定辞退」も本来はあってはならない。理論的には、この段階になると両者共に「損害賠償」を請求される可能性がある。しかし、内々定という「採用予定」の段階であれば、学生が「拘束を断った」ことを理由に企業が内々定を取り消しても、法律上は特に問題がないと考えられる。
●「労働基準法」は適用されないが、問題となるのは「就業規則」の扱い
内定者には「雇用関係」は成立するが、「労働基準法」は原則的に適応されない。というのも、「労働基準法」でいう労働者とは、実際に働いて給料が支払われている者を指すからである。もし内定取り消しがあったような場合も、実際に労働を提供していない内定者は、「解雇予告手当」の支払いを請求することはできない。
むしろ、問題となるのは「就業規則」の扱いだ。就業規則では、「この規則は会社の従業員に適用される」と規定してあるのが一般的である。しかし、いつから従業員の身分を取得するのかに関しては、明確に記載されていないケースが多い。そうすると、内定者が入社するまでの間に、災害補償などの場面で問題が生じないとも限らない。このようなトラブルを回避するためにも、「内定者に関しては就業規則は適用されない」といった事項を、就業規則の中に明記しておく必要がある。
(2)内定取り消し
●内定取り消しは、常識的に見て仕方がないと考えられる特別なケースに限る
基本的に、会社側の一方的な都合で内定を取り消すことはできない。正当な理由がなく内定を取り消した場合、内定者から損害賠償を請求されることもある。その場合、学生間における自社のイメージが、著しく損なわれることもあるだろう。内定者といってもほとんど社員と同等の地位にあるので、企業は最後まで雇用確保を前提として対処すべきである。
裁判所や行政当局では、「採用内定の取り消しは、企業が恣意的にできるものではなく、常識的にみて仕方がないと考えられるような特別のケースに限って認められる」という考え方が取られている。あるいは、内定通知などで企業が「○○の場合には、採用を取り消す」といった定めを設けていて(採用内定取消事由を約束している場合)、その理由が合理的なものであれば、内定を取り消すことができる。内定の取り消しがやむを得ないものとして正当化されるケースは、以下のようなものが考えられる。
- 【条件付雇用契約の場合の条件の不成就】
- ・単位不足などで、大学を予定通りに卒業できなかった
- ・入社時までに、免許や資格を取得することが事前の約束になっていたにもかかわらず、取得できなかった
- 【採用内定取消事由を約束している場合の取消事由の発生】
- ・健康状態に異常が発見され、通常の勤務を行うことが困難になった
- ・提出した書類(学業成績証明書、誓約書、健康診断書など)に偽りが記載されていた、経歴詐称が発覚した
- 【その他の不適格事由の発生】
- ・犯罪行為を犯して逮捕、起訴された
- ・破廉恥罪など、信頼関係を破壊する重大な素行不良があった
- ・職業能力、学業能力の著しい低下があった
- 【その他】
- ・自社の経営状態が、予想外の不振に陥ってしまった
(3)公正な採用選考とは
●応募者の適性・能力を基準として採用選考を行う
企業には、憲法で定められている「経済活動の一環としての契約締結の自由」があり、雇用契約締結の自由として、「採用の自由」が認められている。また個人には、同じく憲法で「職業選択の自由」が認められている。しかし、採用においては採用決定の権限を持つ企業が個人より優位な立場にあることから、「採用の自由」は「職業選択の自由」によって制限され、「職業選択の自由」を妨げない範囲で「採用の自由」が認められる、という関係になっている。また、憲法の「法の下の平等」との関係においても、雇用契約の入り口の段階で不当な差別が起こらないよう、企業の「採用の自由」は制限を受けている。
このような背景の下、厚生労働省では「公正な採用選考」を行うための「指針」を定めている。採採用活動を行う際、「指針」に違反するような行為を行っていないか、注意を払うことが必要である。
- ア 採用選考に当たっては
- ・応募者の基本的人権を尊重すること
- ・応募者の適性・能力のみを基準として行うこと
- イ 公正な採用選考を行う基本は
- ・応募者に広く門戸を開くこと
言いかえれば、雇用条件・採用基準に合った全ての人が応募できる原則を確立すること - ・本人のもつ適性・能力以外のことを採用の条件にしないこと
つまり、応募者のもつ適性・能力が求人職種の職務を遂行できるかどうかを基準として採用選考を行うこと
(4)採用選考時に配慮すべき事項
●本人に責任のない事項、本来自由であるべき事項の把握などは控える
厚生労働省の「公正な採用選考」を行うための「指針」では、応募者の適性・能力を基準として採用選考を行うことを求めている。その中で、適性・能力と関係のない事項を、応募書類へ記載することを求めたり、面接でたずねて把握すること、また身元調査や必要性のない健康診断を実施することは就職差別につながるおそれになると、配慮を求めている。具体的には、以下に示したような項目について質問したり実施することは、控えなければならない。
- 【本人に責任のない事項の把握】
- ・本籍・出生地に関すること(「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」の提出)
- ・家族に関すること(職業、続柄、健康、地位、学歴、収入、資産など)(家族の仕事の有無・職業・勤務先などや家族構成)
- ・住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
- ・生活環境・家庭環境などに関すること
- 【本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の把握】
- ・宗教に関すること
- ・支持政党に関すること
- ・人生観、生活信条に関すること
- ・尊敬する人物に関すること
- ・思想に関すること
- ・労働組合・学生運動など社会運動に関すること
- ・購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
- 【採用選考の方法】
- ・身元調査の実施(「現住所の略図」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性がある)
- ・合理的・客観的に必要性の認められない採用選考時の健康診断の実施
(5)「採用の自由」を制限する法律
●募集方法の自由、選択の自由、調査の自由などには、一定の法律上の制限・ルールが加わる
企業の採用活動における募集方法の自由(労働者募集の方法)、選択の自由(採用基準)、調査の自由(人物調査)など、「採用の自由」に関しては、法律で一定の制限やルールが加わるものがある。以下に、代表的な法律を記す。
- 【職業安定法】
- ・労働者募集にあたり、業務内容・賃金・労働時間など労働条件を明示する義務
- ・採用活動において、個人情報を適切に収集・管理する義務(人種・民族・社会的身分・門地・本籍・出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、思想および信条に関する事項、労働組合の加入状況などの情報収集の禁止など)
- 【男女雇用機会均等法】
- ・採用の場面において、「男性のみ」「女性のみ」など特定の性別を対象として募集することを禁止(例外事項として、女性の優遇を認めるポジティブアクションがある)
- 【雇用対策法】
- ・事業主による労働者の募集・採用における年齢制限を禁止