新卒者の採用選考活動の在り方について(日本経済団体連合会)
(社)日本経済団体連合会
1.はじめに
(1)最近の新卒者の就職動向
大学新卒者の就職環境は、経済の先行きの不透明さなどを反映して大変厳しい状況が続いており、2011年3月卒業予定者の2010年10月1日時点の就職内定率は、調査開始以来最低の57.6%となった。
また、文部科学省の「学校基本調査」によると、2010年3月卒業者のうち、「進路未定の者」は前年に比べて19,280人も増加して87,174人となり、今後も未就職のまま卒業する学生の増加が懸念されている。
(2)早期化による長期化を巡る最近の要請
こうした中、学生の就職活動は年々過熱化しており、社会的にも活動の早期化による長期化への批判が高まっている。日本経団連では、例年、大学側の代表者との間で、企業の『大学卒業予定者・大学院修士課程修了予定者等の採用選考に関する企業の倫理憲章』(以下、『倫理憲章』)と大学の『申合せ』を相互に確認し合っているところであるが、その際に、かねてより選考の早期化是正や、学事日程の尊重といった『要請』を受けている。また、これとは別に、国立大学協会、公立大学協会、日本 私立大学団体連合会連名の要請書や、国立大学法人8大学工学部長会議からの要請書など、日本経団連に対し企業の採用活動に関する様々な働きかけがなされてきた。
政府からも2010年10月8日付で、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3大臣連名による(1)新卒採用枠の拡大、(2)採用選考活動の早期化の是 正、(3)卒後3年以内既卒者の新卒採用扱いでの応募受付への努力を求める『要請』を受けたところである。
また、日本貿易会は、2010年11月17日付で、2013年度入社対象者から、採用活動の日程を全体として後ろ倒しする旨の提案を取りまとめて公表し、日本経団連に対しても働きかけが行われた。
(3)秩序ある採用選考活動に向けたこれまでの日本経団連の取り組み
日本経団連では、形骸化した『就職協定』の廃止後、1997年に新たに『倫理憲章』を策定し、企業の採用選考に際し、自己責任原則に基づく秩序ある行動を 求めている。
≪倫理憲章の内容の主なポイント≫
- 面接など実質的な選考活動は最終学年に達するまでは実施しない
- 企業情報、採用情報の提供などの広報活動は、可能な限り速やかに適切な方法で実施する
- 正式な内定日は10月1日以降とする
『倫理憲章』制定以後も、企業の採用選考活動の在り方については広範な検討を継続しており、必要に応じて内容等を見直した上で、毎年秋に公表してきたところである。
≪最近の主な見直しの内容≫
- 2004年より、『倫理憲章』の実効性を高めるため、会員企業に対し「企業の倫理憲章の趣旨実現をめざす共同宣言」への参画を募集し、その結果をHP上で公表している。倫理憲章の趣旨を踏まえた採用選考スケジュールは、会員企業以外も含めて広く定着してきている。
- 2009年の『倫理憲章』改定では、採用選考活動を広報活動と選考活動に区分した上で、『倫理憲章』の理解を深めるための参考資料を作成し、早期開始を自粛すべきである「実質的な選考活動」について、概念の明確化を図った。
- 2010年の見直しでは、参考資料の充実を図り、企業に対し、広報活動の実施に際しては、選考活動と無関係である旨を明示するよう努めること、土日祝日や平日夕方の開催など、学事日程に配慮した日程での実施に努めることを呼び掛けるなどの対応を行った。
2.見直しにあたっての基本的な視点
(1)就職・採用活動の現状に対する問題認識
昨今の就職・採用活動をみると、早期化による長期化、特に、学部3年/修士1年次における活動の過熱ぶりは大変憂慮すべき事態である。
本来、選考とは関係のないセミナー等の広報活動であっても、学生側には、「説明会に参加しないと不利になる」、「多くの活動に参加した方が有利である」等の誤ったイメージや、「情報量で他者と差を生じさせたくない」、「乗り遅れたくない」との思いがあり、就職環境の厳しさに加えて、就職不安を助長するよう な報道等も相まって、就職活動の過熱ぶりは高まる一方である。現在、就職情報サイトのグランドオープンや、企業へのプレエントリー、各種説明会などが学部3年/修士1年次の10月1日から始まり広報活動が本格化するが、他方で、これに先立ち、インターンシップに関連した就職情報サイトのプレオープンと説明会等が6月頃から始まっており、学生側には、この時期から就職活動がスタートするとの認識があることも問題となっている。
そこで、現在の過熱状況を是正するためには、『倫理憲章』を改めて見直していくことが必要である。
(2)見直しにあたっての前提
今回の検討においては、とりわけ多様な学生の立場を尊重しつつ、様々な状況を勘案し、真摯な議論を重ねてきた。その際、『倫理憲章』の見直しにあたっては、実効性の担保の観点から、多くの企業に支持され、遵守される中身でなければならず、企業規模や採用人数、事務系/技術系の採用割合の違い等も十分に考慮する必要がある。
3.『倫理憲章』の見直しの内容
(1)基本的な考え方
上記の問題認識を踏まえると、学部3年/修士1年次の早期に行われている広報活動の現状を是正する必要がある。
現在、『倫理憲章』では、企業情報や採用情報等の発信を目的とした広報活動について、その後の選考に影響しない旨の周知努力を規定しているが、それだけでは早期化による過熱化を抑制する効果に限界がある。そこで、広報活動についても、『倫理憲章』上で開始日を明記するとともに、その開始日を実態よりも後ろ 倒しすることによって広報活動期間を短縮し、早期化ゆえに長期化している現状の是正を目指す。
一方、選考活動の開始時期についても、遅らせるべきかどうか、時間をかけて検討を行ったが、その影響として以下のような様々な課題が提起された。
≪現行の選考開始時期を遅らせた場合に想定される課題≫
- 中堅・中小企業の選考期間・機会の確保を含め、学生の十分な採用選考機会を確保することが大変重要であるところ、選考開始時期を後ろ倒しすることは、中堅・中小企業の採用に支障をきたすとともに、企業・学生にとって選考機会の縮小につながり、未就職卒業者を増やす懸念があること
- 理系学生が学部4年/修士2年次の夏ごろに研究活動のピークを迎えることへの配慮が必要であること
- 景気の先行きが不透明で、企業が厳選採用を進める中で、選考時期を大幅に見直すことは、却って学生の不安を助長し、混乱を招く懸念があること
- 『就職協定』から『倫理憲章』へと至る変遷や、これまでの様々な経緯の中で、現行の「4月選考開始」が定着しており、大幅な変更により『倫理憲章』の実効性が低下する懸念があること。また、一部に早期の選考活動を行っている企業がある中で、選考時期を遅らせることは、さらなる長期化につながる懸念があること
上記の課題を踏まえても、一部の企業からは選考時期の後ろ倒しを行うことに意義があるとの主張もあった。しかし、課題に対する具体的かつ明確な解決策が見出せないままに選考時期を後ろ倒しすることは、就職・採用活動の混乱を招く恐れがあること、また、現状の対応として、早期化、とりわけ広報活動期間における過熱化への対処が重要であるとの考え方から、現行の選考開始期日は維持することとした。
(2)具体的な見直しの内容
『倫理憲章』の具体的な見直しの内容は以下のとおりとする。
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見直しの対象
今般の見直しは2013年4月入社予定者の採用選考活動から対象とする。また、採用選考活動の開始時期等の規定は、日本国内の大学・大学院に在籍する学生 を対象とする。 -
広報活動と選考活動開始の期日
広報活動については、自社の採用サイトあるいは就職情報会社の運営するサイトで学生の登録を受け付けるプレエントリーを起点とし、その開始日を学部3年/ 修士1年次の【12月1日】と定める。それ以前は、インターネット等を通じた情報発信以外の活動は行わず、個人情報の取得も行わない。併せて、【12月1 日】より前においては、大学が行う学内セミナー等への参加も自粛することとする。
なお、開始日を【12月1日】としたのは、学生の業界研究や、企業研究のためには一定程度の期間が必要であることに加え、学業への影響の少ない年末年始を 含む冬休みの時期を様々な活動に活用できることなどを考慮した結果である。
他方、選考活動については、現行通り、その開始日を学部4年/修士2年次の【4月1日】以降とし、具体的な期日を『倫理憲章』に明記することとする。 -
その他
海外留学生や、未就職卒業者への対応を図るため、以下のような多様な採用機会の提供に努めることを新たに『倫理憲章』上に明記する。
4.インターンシップの在り方について
わが国で行われるべきインターンシップは、本来、学生の職業観涵養を目的とした就業体験の機会の提供であり、採用選考活動とは全く関係ないものである。しかし最近では、インターンシップと称してはいるものの、実質的に広報活動としての企業セミナーと大差ないものが行われている実態があるほか、学生側として も「参加すると選考上有利になる」、「参加しないと差をつけられる」といった考え方が強まる傾向にあり、こうした現状を踏まえると、早期化是正の対応にあたっては、インターンシップの取り扱いについても併せて検討し、対応を図る必要がある。
そこで、【12月1日】より前に実施するインターンシップは、採用選考活動とは一切関係のない活動であるとして整理する方向で引き続き検討し、なるべく早期に結論を得ていく。
5.学生、大学等に向けて
(1)学生に対するメッセージ
今回の見直しは、学生が就職活動に多くの時間を費やし、本分である学業に支障をきたしているという現状を是正するために行うものであり、自らの将来について落ち着いて考えられるような環境を作るべく、真摯に検討した結果である。
学生には、学業に励み、また、充実した学生生活を送ることにより、知性・能力・人格等に磨きをかけ、社会人として活躍するとの気概を持つことを期待した い。とりわけ、エントリーシートや面接対策など、選考受験上のテクニックの習得などに走るのではなく、学生生活の早い段階から、将来の職業人生を意識して考え、様々な経験を積みながら養いうる幅広い知見や経験、洞察力、思考力、行動力などを高めていくことを望みたい。
(2)大学に対するメッセージ
大学関係者に対しては、『倫理憲章』の見直しの趣旨を踏まえて、学生の学習環境確保の観点から、学内セミナーの実施時期や、その内容などについて、見直しを図るよう努力されたい。
また、テクニック重視の就職試験対策ではなく、学生が社会に出るために必要な準備を整えることを目的に、早い段階から、将来の目標を描き、広い視野と長期的な視点を持つことを促進するキャリア教育に努めることを求めたい。
なお、『倫理憲章』の趣旨に反して、早期に採用選考活動を行う企業に対しては、大学側として、毅然とした態度で臨むことを期待する。
(3)メディア等に対するメッセージ
各種メディア、就職情報会社等においては、学生の不安を助長するような情報、就職・採用活動の過熱を招くような情報の発信は控えることを求めたい。
6.今後の対応
今回の見直しの内容は、就職情報会社の協力なくしては、十分な効果が得られないため、就職サイトにおけるエントリーの受付開始時期等について、必要な対応を求めるなどの働きかけを行っていく。
また、日本経団連として、今回の見直しの実現と徹底に向け、幅広い関係者の理解と協力を得ていく努力を行うとともに、早期に『倫理憲章』と参考資料を見直して公表していくこととする。
なお、今後とも、今回の見直しによる影響を検証しながら、必要に応じて、『倫理憲章』と参考資料の改定に努めることとする。
以上
社団法人日本経済団体連合会 http://www.keidanren.or.jp/同団体ホームページより転載