採用活動の新たな指針となる「採用学」とは[3/5ページ]
―― いま企業が抱える、新卒採用の課題について考える
「採用学」とは何か
―― そのような問題意識から、服部先生は「採用学」に取り組まれているわけですね。「採用学プロジェクト」をスタートされるようになった背景についてお聞かせください。
「採用学プロジェクト」のスタートには、二つのある出来事が大きく影響しています。一つ目は個人的な経験ですが、2012年8月にアメリカ経営学会のボストン大会に参加した時のことです。人事分野の研究者をはじめ、著名なコンサルタント会社の方や、メディア関係の方などが一堂に会し、議論が交わされていました。私が聴講したセッションでは経営学に関するさまざまなステークホルダーが揃い、「なぜ経営学は現場の役に立っていないのか」というテーマで、興味深い話し合いが行われていました。
アメリカ経営学会の元会長として有名なデニス・ルソー氏が言っていたのは、「研究者が生み出すものは、なぜそうなっているのか(WHY)という理論である。しかし、企業の現場が知りたいのは、どうしたらいいのか(HOW)という方法論である」ということでした。ここに大きなギャップがあるわけで、「研究者、企業の現場、コンサルタント、メディア関係者などが皆で、良質のエビデンス(証拠・根拠)をつむぎ出していくことが大切である」と、ルソー氏は提案していました。
例えば、「こういう面接をすれば、将来のパフォーマンスが20%説明できる」といったようなこと。これなら研究者も興味があり、現場でも使える有用なデータになります。要は、意思を決定するためのエビデンスをつむぎ出していこう、関係者皆の目線を合わせていこう、というセッションだったのです。これがいま、アメリカで流行している“Evidence based Management”(エビデンス・ベースド・マネジメント)です。つまり、アメリカでは研究者と現場との関係を、非常にシビアに考えているのです。私は、これを日本的に展開していこうと考えました。
ただ、私一人では経営学の全ての分野を網羅することはできません。特定の分野にフォーカスする必要があります。人材育成分野は既に多くの研究者がいますので、ほかに何を研究しようかと考えていた時に、一部上場企業数社の人事責任者の方々から、「採用の改革を手伝ってほしい」「採用を科学したい」など、採用に関する研究依頼を続けていただきました。ボストン大会の翌年、2013年のことです。数ある人事に関するテーマの中で、研究者がいないために現場が困っている問題が「採用」であると、実感しました。これが二つ目の気づきとなる出来事です。この二つの出来事により、「採用学プロジェクト」をスタートさせることを決めました。
―― そもそも、「採用学」とはどういう学問なのでしょうか。
実は、欧米の「採用学」からは直輸入できない部分があります。というのも、欧米の採用は “Recruitment”なのです。ところが、日本の採用は“Recruitment & Selection”です。 “Recruitment”とは、エントリーするためにどういう広告を打つか、エントリーしてきた学生を逃がさないためにどうキャッチしていくか、内定出しに「はい」と言わせるにはどうしたらいいのか、といった求職者との関係性のマネジメントのことで、面接や適性検査は含まれません。応募者の能力をどう見抜くか、これが“Selection”で扱うテーマです。欧米では“Recruitment & Selection”が切り離されていて、それぞれに専門の研究者がいますが、日本では両者が不可分となっています。“Recruitment & Selection”の研究なので、あえて「採用学」という言い方をしたわけです。
「採用学」では、企業の採用活動を三つのフェーズに分けて考えています。一つ目は「募集」。企業による募集情報の開示と、求職者による自己選択の段階です。二つ目が “Selection”に当たる「選抜(選択)」。企業による求職者の選抜と求職者による企業の選択の段階です。そして三つ目が「定着(社会化)」。入社への内諾を得て、企業に入ってなじんで活躍してもらうという段階です。この三つのフェーズに分け、それぞれの問題点について、データを取りながら良質のエビデンスを出していくのが「採用学」です。
採用における“Evidence based Management” (エビデンス・ベースド・マネジメント)が日本ではどのようになっているのかについて、現場の方たちと一緒になって研究しています。日本ではまだ他で行われていない、現在進行形の学問と言えると思います。